ラファエッロの生家

ウルビーノのラファエッロの生家
父親ジョバンニの作品も見られる応接間や、ラファエッロがまだ少年のころ描いたといわれる聖母子像を見ることができます。

ウルビーノで最も有名な画家、ラファエッロの生家

ウルビーノで最も有名な画家、ラファエッロの生家はラファエッロ通りの坂道の途中に位置しており、ここは坂道の町と呼ばれるウルビーノのなかでも勾配の急な坂の1つで、ラファエッロ像のあるローマ広場からレプッブリカ広場に向かって坂を下ってゆくと右側に見えてきます。

ラファエッロの祖父に当たる商人であったサンテ・ディ・ペルンツゥオーロが1450年にマルケ州北部の町コルボルドロから、青年であったラファエッロの父 親、ジョバンニ・サンティを連れ家族でウルビーノに移住し、1464年にこの家を購入しました。そこで息子ジョバンニとともに開いた自宅横の板絵と金箔装 飾の工房が、ラファエッロ芸術の原型を作りました。

ジョバンニは、父親にもまして専門的に絵画と詩を学び、その才能が認められフェデリーコ公のもと、宮廷作家となります。そして、通りにあった自宅兼工房の 裏にあたる中庭の向こうに住んでいた娘マージャと恋に落ち、二人は結婚します。こうしてラファエッロが誕生したのです。

2つの家は中庭に作られた2階同士を結ぶ通路で繋がれ、現在の姿となりました。通り正面の入り口は質素なイメージを感じますが、内部は広々として美 しい梁が天井に見られ、中庭の一角にはジョバンニが絵のための顔料を擂っていた石版があり、ここでマージャとの会話のひと時を楽しんでいたことが伺われま す。
調度品や食卓の暖炉などから芸術一家が住んでいたころの様子が伺え、現在はラファエッロ・アカデミーによって運営されており、ラファエッロが生まれたとされている部屋にはまだ彼がごく若いときに描いたフレスコ画、”聖母子像”を見ることが出来ます。

これは幼くして母親を失くしたラファエッロの母性に対する郷愁を強く感じられる彼のごく初期の作品で、実際画家として生前多数の聖母子像を手掛けたことから、”聖母の画家”とも呼ばれています。
また、”椅子の聖母”、エゼキエルの光景”などのレプリカのほか、父ジョバンニの筆による”受胎告知”などが3点ほどあり、父親の画法を受け継いだラファエッロの原点を感じることが出来、多くのアカデミー所有の絵画、陶器のコレクションがあります。

そして美術品ではありませんが、重要な物品として、ローマのパンテオンにあるラファエッロの墓碑から分骨された画家のあばら部分の骨が小さな骨壷に、分骨の際に彼の頭蓋骨から型どられた石膏によるコピーが展示されています。

スタッフ

ラファエッロの生家はぬくもりある空間です 

ラファエッロの生家にあるラファエッロ自身の作品は一点のみですがここは彼の生い立ちを感じられるあたたかい空間です。ラファエッロの祖父はもともと麦の商人だったといいます。田舎を離れ、当時文化の都であったウルビーノに商売繁盛を目指して工房を開きにきたのですから、まさに日本でいう御のぼりさんだったのでは、なんて思うのでした。 

マルケ州カーイ在住:林 由紀子 スタッフ一覧