アウグスト凱旋門 (Arco di Augusto)

Arco di Augusto in Rimini
とても古い建造物ですが、町にすっかり溶け込んでいます。人々も普通に歩いています。門というより、神社の鳥居のような感じです。

Arco di Augusto in Rimini
よく見ると細かい彫刻が施されています。これは南側(ローマ側)のゼウスの彫刻です。

Arco di Augusto in Rimini
10世紀につけられたギベリン狭間。当時リミニを支配していた皇帝派ギベリン族への忠誠のシンボルです。

Arco di Augusto in Rimini
門をくぐると町の中心街です。古代ローマ時代の門と色んなブティックのギャップがイタリアらしい。

古代ローマ時代に建てられた最古の凱旋門、アウグスト凱旋門を紹介します

チェーザレ・オッタヴィアーノ・アウグスト(Cesare Ottaviano Augusto)は、長く続いた共和制の時代からローマ帝国制の移動期において、暗殺された養父ジュリアス・シーザーの意志を継ぎ、帝国支配の歴史上の転換期を宣言して初代ローマ皇帝になった人として知られています。

アウグスト凱旋門は、そんなアウグスト帝がフラミニア街道(Via Flaminia)を初めとするローマから続く重要街道を整備した功績を称えられ、紀元前27年に元老院から献呈されたものです。北イタリアで現存するローマ時代の凱旋門としては最古のものであり、フラミニア街道の終点地点であるリミニに建てられました。アウグスト凱旋門はリミニ中心部の南側にありますが、この凱旋門をくぐるとメインストリートであるアウグスト通りがあります。アウグスト通りを北側に進むとティベリオ橋(Ponte di Tiberio)があります。

この橋は西暦14年にアウグスト帝の時代に建設が始まり、西暦21年、ティベリオ帝の時代に完成していますが、この橋がイタリア北部のピアチェンツァまで続くエミリア街道(Via Emilia)と、ラベンナ、ヴェネツィアを通ってアクイレイアまで続くポリピア街道(Via Popilia-Annia)の起点となっているので、当時のリミニは主街道の中継地として重宝されていたようです。

アウグスト凱旋門の構造

ここではアウグスト凱旋門の構造について詳しく見ていきたいと思います。門の幅は約8メートルで高さは10,5メートルあり、現在のイタリア、スロベニア、クロアチアにまたがるイストリア半島の石を用いて建設されました。また、他の凱旋門に比べてとても薄い(4,1メートル)のですが、当時町は壁で囲まれており、凱旋門はその壁に続く形で建てられたので、このように薄いのだそうです。

門の建築は、政治的、宗教的に豊かな装飾がちりばめられています。アーチ部分の脇には溝がつけられた柱とコリント式の柱頭で装飾がなされ、柱頭の横には、南側(ローマ側)には全能の神であるゼウスと息子のアポロ、北側(リミニ市街側)には海の神様ネプチューンとミネルヴァ(ローマの守護神で戦いの神)が彫られた円形の盾があります。アーチ中央上部には牛の頭部の彫刻があり、これはリミニという重要なローマ植民地の象徴として置かれたそうです。中世の時代に地震の影響で門の上部が取り壊されてしまいましたが、貴族ギベリーニ家に支配されていた10世紀に修復され、皇帝派支持のシンボルであるギベリン狭間が加えられました。

凱旋門のアーチ部分上部には、「アウグスト帝に捧げる」という碑文が刻まれています。またアウグスト門の構造は、その後15世紀にマラテスタ寺院の外壁を担当したレオン・バッティスタ・アルベルティにヒントを与えたと言われています。

一風変わった特徴があります

イタリア北部のローマ凱旋門と言えば、ヴェローナの凱旋門(紀元1世紀)や、アオスタの凱旋門(紀元前25世紀)のものがありますが、どちらも町の中心部に入るための門で厚みがあります。当時は扉がつけられ、衛兵もいた事でしょう。しかしリミニのアウグスト凱旋門は、厚みもなく、またとても大きいので扉をつける事は不可能でした。

大きい凱旋門を建設した理由には諸説あり、アウグスト皇帝の意志で、「門は敢えてつける事なく、全ての人が入ってこられるように」という平和を願ったものだったという説、凱旋門の上部に二輪戦車に乗っているアウグスト帝の銅像を乗せる為だったという説、他にも「馬に乗っているアウグスト帝の銅像を乗せる為」や「養父のジュリアス・シーザーや他の家族の像も一緒に置く為」など諸説あり、本当の所は定かではないようです。また多角形の石柱がすでにあって、その間を埋めるように建てたから、という説もあるそうです。

近代〜現在のアウグスト凱旋門とサンマリノ共和国との意外な関係

ファシズムの時代までは、近くに建てられた一般住居に埋もれるように立っていたアウグスト凱旋門ですが、本来の姿をよみがえらせようという動きが高まり、1930年代に周りの住居を取り壊して整備するという、大規模な工事が行われました。現在は周りの壁はほとんど崩れ落ち、凱旋門だけが残っている状態ですが、門の両脇の下側には紀元前3世紀の城壁が今も残っているので、必見です。

またサンマリノ共和国の建国者であるマリーノは石工師でしたが、このリミニの城壁に使う石を切り出す為にダルマチア(現在のクロアチア共和国)からやって来たと言われています。そしてマリーノと一緒にやって来たのは仲間のレオーネ。このレオーネはリミニ近郊の町、サンレオの起源となった人物で、キリスト教の布教に尽力したと言われています。この二人がリミニの城壁を作る事がなければ、サンマリノ共和国もサンレオも存在しなかったかもしれませんね。

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リミニ在住:石井 教子
イタリア在住者からのアドバイス

紀元前に建てられた凱旋門をローマ以外の地で見る事は珍しいので、ぜひ訪れて欲しいです。アウグスト門からメインストリートを抜けてティベリオ橋まで歩いてみると、アウグスト帝のリミニへの思いが伝わってくるようです。

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名称 Arco di Augusto(アウグスト凱旋門)
住所 Corso d'Augusto, Rimini, イタリア
地図




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