サンレオ城砦(La fortezza di San Leo)

Piazza della Liberta' in San Marino
リベルタ広場は、サンマリノ共和国のメイン広場です。この広場を抜けるとアドリア海が一望できる展望台があります。

Piazza della Liberta' in San Marino
カリオストロが過ごした牢獄。この入り口は後から作られたものです。

Piazza della Liberta' in San Marino
牢獄内。木のベッドには、お花がたむけられていました。

Piazza della Liberta' in San Marino
牢獄上部には天窓のような入り口があります。これでは脱走できません。

サンレオ城砦(La fortezza di San Leo)を紹介します

サンレオ旧市街から坂道を登っていくと、フェルトロ山頂に城砦が立っています。城砦の起源については、西暦3世紀にローマ人がこの地にやってきて城砦の核のようなものを建てた、と言われており、ローマ人によって山頂に建てられた城砦の中で最古のものと言われています。マレッキア谷(Valle Marecchia)を全て見渡せる上に、周りが全て断崖絶壁でどこからも登って来る事が出来ないと言う、戦争するには絶好の立地を求めて、中世の時代には様々な民族の争いが繰り返されました。その後、幾度かの増築を経ますが、現在の姿は1479年、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(Federico da Montefeltro)の命令で、建築士のジョルジョ・マルティーニのフランチェスコ(Francesco di Giorgio Martini)によって建てなおされたものです。その為に、フランチェスコ城砦(La fortezza di Francesco)と呼ばれる事もあります。

最強の攻撃力を持つ城砦から、極悪人専門の牢獄へ!

建築士フランチェスコによって、城砦は生まれ変わりました。どの方向から攻撃が来ても、360度の反撃が可能な大砲ができ、ルネッサンス時代には数多くの争いが繰り返されました。しかし1631年、司教定式書の命令で城砦としての役目を終え、牢獄へと形を変える事になります。1788年には、ジュゼッペ・ヴァラディエル(Giuseppe Valadier)によって本格的に城砦から牢獄への改装がなされました。1861年にイタリア共和国が生まれた後も、1906年までは牢獄として使用されていたそうです。現在は、牢獄内の様子や武器、そしてカリオストロの遺品などを見学する事が出来ます。この牢獄は極悪人専門の牢獄だったようで、粗野な作りの牢獄、拷問に使われた道具がなんともリアルです。

サンレオ城砦は、カリオストロ伯爵最後の地です

アレッサンドロ・カリオストロ伯爵(Alessandro conte di Cagliostro)は、本名をジュゼッペ・バルサモと言い、1743年にシチリア島州都、パレルモで生まれた人物です。生後すぐに父を亡くし、修道院に預けられた彼は、不幸な幼少時代を送りました。脱走を繰り返して、とうとう修道院を追い出された後、アルトタス(Althotas)と呼ばれるギリシャ人を師として、詐欺師としての人生を歩み始めるのです。25歳の時にロレンツァ・セラフィナ・フェリチャーニ(Lorenza Serafina Feliciani)と結婚し、ヨーロッパ中の社交界に現れては胡散臭い金もうけを繰り返します。魔術師、錬金師の名を広めながらも逮捕されては牢獄に入る事を繰り返し、1785年、マリー・アントワネットの「首飾り事件」の発案者として失脚します。その後妻の証言などによって神冒涜の罪で逮捕。裁判で死刑の宣告を受けますが、当時の教皇ピウス6世によって終身刑に減刑され、サンレオへと流されるのです。

カリオストロが最後を迎えた牢獄は、“井戸”と呼ばれた穴ぐら

イタリアという国では、各地で牢獄を見学する機会が結構あると思いますが、サンレオのそれは、本当にみずぼらしく、薄暗いものです。カリオストロの牢獄は、幾つか並んでいる普通の牢獄からは離れた所にあり、重罪人として特別の監視下に置かれていた事が想像できます。また牢獄の構造も、ほかのものとは違っています。まず普通にあるはずの入り口がなく、天井に作られた入り口から吊るされて入る、というものでした(現在は、観光客の為に入り口が作られています)。牢獄は、ぼろぼろの木がむき出しのベッドが一つだけあるだけで、出口がない為に、小さな井戸(La pozzetta)と呼ばれていました。カリオストロはこの牢獄で最後の4年間を過ごすのですが、昼も夜も分からないような一日中薄暗い牢獄で、小さな窓から気が狂ったように叫ぶと、上の穴から見張りの者たちが降りてきて、殴る蹴るの暴力をふるったと言います。1795年、体が半分麻痺した状態で発見され、その3日後に亡くなったそうです。

名称 サンレオ城砦(La fortezza di San Leo)
住所 Via Giacomo Leopardi, 61018 San Leo Pesaro e Urbino, イタリア
開館時間 9時から19時まで
入館料 8ユーロ
リミニ在住:石井 教子
イタリア在住の筆者からアドバイス

サンレオ旧市街から城砦に向かって登る道の途中に、絶景の写真ポイントがあります(皆が写真を取るのですぐに分かります)。夏の間のみ、サンレオ旧市街から城砦まで無料のシャトルバスが出ていますので、ぜひ利用してほしいのですが、片道は歩いて、ぜひそのポイントで写真を撮ってほしいと思います。

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