ジェノヴァ

ジェノヴァ(Genova)について

ジェノヴァの地図

Statua di Cristoforo Colombo
他の町や国からジェノヴァへ訪れる方を陸地の玄関、ジェノヴァ・ピアッツア・プリンチペ駅で出迎えるコロンブス像。ジェノヴァが誇る有名人の一人です。
(像の裏手は薄暗くて危険なので足を運ばない方が無難です)

Strade Nuove di Genova
2006年にユネスコ世界遺産に登録されたストラーデ・ヌォーヴェ。旧市街の一部ですが、こちらは通りも広めで、手入れも整った邸宅が並んでいます。美術館や役所、銀行やオフィスなどがあります。

ジェノヴァ港 Porto Antico
EXPO会場になったポルト・アンティーコ(Porto Antico)とそのシンボルのBigo。 Bigoはジェノヴァ方言で、船の積荷を下ろすためのクレーンの名称ですが、 こちらでは、オブジェとパノラマリフトを引き上げる役割をしています。

Bandiera di Repubblica Marinara
4つの海洋共和国の印が入った旗。
左上から時計回りに、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピザ、アマルフィ。 ジェノヴァの印は、白地に赤い十字です。

ジェノヴァは北イタリアで、アーチ状で虹のような形をしたリグーリア州に属し、広がる海と背後に連なる山々に囲まれた人口約 60万人(周辺都市を含めると人口約90万人)のイタリア最大の港町です。

その歴史は古く、紀元前 6世紀頃より人類が居住していたとされ、考古学的な遺跡や資料も発見されています。中世にはジェノヴァ共和国(概ね、現在のリグーリア州の地域)として自治体を持ち、同様に海洋共和国として発展してきたアマルフィ、ピサ、ヴェネツィアと対抗しつつ、勢力を発揮してきました。この4つの都市の旗印は、現在でも、イタリア海軍、及び商船の旗のモチーフ(イタリアントリコロールの旗の中心に4つの都市の旗印が描かれています)として使用されており、また、1956年より毎年1回、4都市のうちの1都市を会場にこれらの都市のチームがボートレース(レガッタ・デッレ・アンティーケ・レプッブリケ・マリナーレ)で競いあい、今年2008年で53回を数えます。

歴史上の華麗なる栄光のため、中世より今にいたるまで、時として、ジェノヴァは「 La Superba(誇り高い都)」という換称で呼ばれているのです。最近の国際的行事では、2001年には G8、先進国首脳会議の開催地に、2004年には欧州文化首都としても選ばれました。

ジェノヴァの属するリグーリア州は、北に位置しながらも、地中海性気候の影響で夏は暑すぎず、冬は寒すぎずという穏やかな特性を持つため、住民以外にも、避暑及び越冬のためのバカンスリゾート地として選ばれることも多く、また、イタリア全土、もしくはヨーロッパの各地から引退後の生活を悠々と暮らすために住まいを移される方も少なくありません。

アメリカ大陸発見のコロンブスはジェノヴァ生まれ!

だれもが歴史で習った記憶のあるアメリカ大陸発見の航海家、クリストファー・コロンブス(イタリア語名: Cristoforo Colombo/クリストフォロ・コロンボ 1451-1506)は、ジェノヴァの出身です。(ただ、一般的にはイタリア人でジェノヴァの出身であるとされていますが、諸説が存在しています。) 

その関係で、ジェノヴァの中心地には、コロンブスが少年時代を過ごしたという中世からの家が残されており、また、ジェノヴァで一番古く、色々な方面からの電車が発着するジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ( Genova Piazza Principe/1860年)駅前では、コロンブス像がこの町に到着する方々をお迎えします。さらに、空の玄関、ジェノヴァの空港は「クリストファー・コロンブス空港(イタリア語名:Aeroporto Cristoforo Colombo/コード:GOA)」と名づけられています。そして、姉妹都市を結んでいる都市の中には、アメリカ合衆国のコロンブス市( Columbus)があります。

1992年にはジェノヴァにて、1492年のコロンブスアメリカ大陸発見より500周年ということで、船と海をテーマにした特別国際博覧会が( International Exhibition Genoa'92 Colombo'92 ) 開催され、 記念式典には世界各都市からの船がジェノヴァの港に来航しました。その中には、はるばる日本から航海してきた青函連絡船の羊蹄丸も錨を下ろしたとのことです。

昔ながらの旧市街ダウンタウンと高級レジデンスが立ち並ぶ山の手エリアの混在

ジェノヴァの町並みというと、中心地ということで、昔の息吹を感じさせる色あせた古い建物群と、美しく外壁が彩られた貴族のお屋敷が並ぶ旧市街の雰囲気がクローズアップされます。

このジェノヴァの旧市街は、ヨーロッパの中でも、古い住居のある中心街としては最も広いうちのひとつであり、その中にあるストラーデ・ヌオーヴェ( Strade nuove)とパラッツィ・デイ・ロッリ(Palazzi dei Rolli)は、2006年にユネスコ世界文化遺産として登録されました。

また、観光スポットととして注目の的からやや外れているエリアには、高級レジデンスや大きくて美しい庭園付きの邸宅が立ち並ぶエレガントな町並みも見られます。アクセスのよい中心地に位置するホテルもありますが、実際に、特に5つ星・4つ星ホテルの中には、そういったエリアに位置するところも多く、閑静な雰囲気の中、ゆったりとしたたたずまいで、この町を訪れる方々をお迎えします。

市内では、アルバーロ( Albaro)、カステレット(Castelletto)、カリニャーノ(Carignano)、ネルヴィ(Nervi)、クイント(Quinto)などが、そのエリアになります。また、ジェノヴァという町の性質として、他の有名な観光地では美観を保ち、外から訪れる人を魅了するのに対して、ここでは、旧市街のように、一見、外側は吹きさらしのような建物群の中でも、ひとつ角を曲がった隠されたところや、建物の内部に一歩足を踏み入れてみると、一変して目を見張るような美しく装飾された場所にお目にかかれることがあります。こういった町の造りじたいが、そのジェノヴァ人の性質と文化をも表しています。

素朴な風貌に隠された意外な自尊心の高さと、独立独歩の精神を持つジェノヴェーゼ

ジェノヴァの人というと、見た目からは、気取りがなく、お互いに気を使わなくていいような遠慮のいらない人たち、というイメージがありますが、歴史的に独立した自治体を持っていたことが多く、そういった点が影響しているためか、「ジェノヴァという町は独特である」という強い誇りを持っています。それは、本人たちだけがそう考えるのではなく、ラテン文学の傑作とされる「アエネイス」(紀元前29-19年)や、ダンテ・アリギエーレの代表作である「神曲」(1304-1321)においても、「ジェノヴァ人は特殊であり、ふるまいもやり方も(我々と)異なる」という内容が記載されています。

また大きな港を持ち、昔からを海を渡った他の地との貿易も活発に行われていた商人の町であり、そういう意味で色々な人との付き合いには慎重ですが、ひとたび相手のことを知ると、惜しみない親切心を発揮します。他の地域の人と比べると、必ずしも派手に強く主張するタイプではないのですが、ここぞという時には立ち上がるしんの強さを内に秘めています。

日本人選手と縁のある2つのサッカーチーム

ジェノヴァには、ジェノア( Genoa)とサンプドリア(Sampdoria)という2つのサッカーチームがあります。ジェノアは1893年に創設され、現在も活動するイタリアサッカーチームの中でも、最も古いチームの部類に入ります。

1994-95年には、三浦知良選手がイタリア・セリエAでの初の日本人選手ということで所属していました。もう一方のチームであるサンプドリアは、サンピエルダレネーゼとアンドレア・ドリアが合併し、1946年に創設されました。2003-04年には、柳沢敦選手が所属していました。サッカー好きの方の間では、その点でジェノヴァという地名が印象に残っているかとも思われます。

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